シリーズでお送りしております「移転歯」も早3回目。今月のタイトルは,移転歯に加えてさらに「先天性欠如」「矮小歯(わいしょうし)」と耳慣れない言葉が並んでいますね。前回までは生える順番の入れ替わっている移転歯を順番通りに並べ治した症例でしたが、今月は諸事情により、入れ替えすることなく治療した症例になります。
順を追って説明していきましょう。
まず、こちらの症例写真をご覧ください。
これは治療後の写真で、一見ごく普通の歯並びにみえます。では咬み合わせの面からみてみましょう。
ここで、注目すべき点は3箇所あります。
まず、目を引くのは写真左上の中央から3・4番目ですね。先月・先々月のトピックスをご覧の方はもうお分かりと思いますが「移転歯」です。
次に気になるのは写真の左上、中央から2番目の歯、それからもうひとつは少し分かりにくいかもしれませんが、写真右上の中央から2番目の歯です。
この症例の初診時の写真を見ながら1つずつ説明していきましょう。
<問題点1 -移転歯->
矢印(a)は永久歯の犬歯で、本来(b)の位置に生えなければいけない歯です。では(b)の位置にあるのは乳歯の犬歯で、永久歯の犬歯が間違った位置に生えてきたため自然脱落できず、残ったままになっています。レントゲンで見るとこうなります。
つまり3番目と4番目の歯の順番が入れ替わって生えてこようとしているのです。こういった歯を「移転歯」といいます。
<問題点2 -先天性欠如->
矢印(c)も乳歯です。レントゲンで見てもこの部位に生えるはずの2番目の永久歯が見当たりません。
「先天性欠如」といって、生えてこないのではなく、歯の芽自体がもともとないのです。
よく親知らずが「ある人」と「無い人」がいるように、上顎の2番目や、下顎の5番目の永久歯などがもともと無い方がおられます。この場合、いくら待っても永久歯は生えてこず、乳歯も永久歯ように強くありませんので、いずれ抜けてしまったりします。
<問題点3 -矮小歯->
(d)の歯も乳歯ほどではありませんが半端な大きさです。
後ろに隠れているとかではなく、写真のように細長くとがった形をしています。本来は一番最初の写真くらいの大きさが必要です。「矮小歯(わいしょうし)」といって、これも上顎の2番目の歯にまれにみられる現象です。もともとがこのサイズですので、待っていてもこれ以上は大きくなりません。
以上の要因によって、あまりでこぼこが無い歯並びのわりに、全体に不ぞろいな印象の口元になってしまっています。
とくに移転歯の犬歯はこれからどんどん伸びてきますので、横の方の歯は押されてでこぼこになってしまうでしょう。
-治療開始-
ということで、歯並び全体の矯正治療をスタートすることになったのですが、こういったイレギュラーな現症が重なった症例は全体のバランスをとるのがとても難しいのです。そこでこれらの問題点に対して3つの治療方針をたてました。
1、矮小歯の形態修正
矮小歯は幅は細いものの長さは通常とおりあるので、歯冠部分に歯科用のプラスチックを添加して、通常の形態に修正する。
2、乳歯の抜歯と永久歯の接着性ブリッジによる補綴(ほてつ) (=歯を補うこと)
矢印(c)の乳歯はすでに根っこが弱くなっており抜かざるをえないと判断、また(d)の乳歯も2番目の永久歯として使用するにはあまりに短く、形態修正も不可能であったため、やむをえず抜去し人工歯を両脇の歯と接着してブリッジとして補う。
3、移転歯を4・3・5の順で1列に配列
できるなら、本来の順にならべかえたいところだが、入れ替えを行えるだけの骨の幅がなく(10月トピックス参照)、また入れ替え時に歯を引っ張るベースになるはずの前歯が先天性欠損で足らないため、4・3・5の順のまま凸凹にならないよう並べなおし下顎の歯ときちんとかみ合うようにする。
以上の方針に従って、全顎のマルチブラケットで治療を行いました。入れ替えずに配列した分、1年5ヶ月と治療期間も短く、また、心配された見た目の違和感もほとんどなく仕上がっています。