今月も前回に引き続き外科症例のお話です。
こちらの症例はこのホームページの『治療例』のページでも紹介している例ですが、今回もう少し詳しく紹介していきます。
下顎前突の症例で成長期の顎の成長が大きい例で、下顎前突は成長が止まるまで油断してはいけない!という顕著な例でもあります。
この患者さんが始めて来院されたのは6才8か月のときです。上下の前歯の永久歯が生えてきたところで、反対咬合を主訴に来院されました。
7才1か月 検査用に記録を採取しました。
下顎前突で前歯の咬み合わせが上下逆の反対咬合になっています。永久歯の前歯がこの程度生えた段階で反対咬合になってしまっている場合、自然回復は難しく、放置すると成長にともなって下顎前突が助長されてしまい、顎関節や顎の骨自体がゆがんで成長してしまう可能性が高くなりますので、早めに前歯の咬み合わせを改善する必要があります。分析の結果、可撤式筋機能装置ビムラーを使用して治療する計画を立てました。
7才3か月 ビムラーの使用を開始しました。夜間就寝中に咬みこんで使用するマウスピースです。
7才6か月 前歯の咬み合わせが改善しました。そのまま咬み合わせを安定させるためにビムラーの使用を継続しました。
8才8か月 咬み合わせも安定してきたように見受けられたので、ビムラーの使用を中止しようと、分析用に記録を採取しました。
レントゲンの分析の結果、下あごの成長が見た目より大きいことがわかり、引き続き夜のみビムラーを使用してもらうことにしました。
9才11か月 患者さんの事情により転医されることになりましたが、10才1か月、再来医院されることになりビムラーを再開しました。
11才9か月 永久歯の生え替わりが進んできましたので、ビムラーの使用を中止し、完全に永久歯に生え替わるまで定期観察に切り替えました。
13才4か月 全体に永久歯に生え替わり、歯列全体の治療を検討することになり検査を行いました。
下顎の成長がみられ、下顎の右前方偏位が見られました。お顔の輪郭でも顎が右にゆがんでいるのがわかります。 分析の結果、下顎の小臼歯を左右一本ずつ抜いてマルチブラケットで前歯の位置を変えて治療する方法と、マルチブラケットに外科手術を併用し、あごの位置ごと変えて治療する方法の二つの治療法を提示しました。どちらもかみ合わせ自体の改善は出来ますが、骨格的な顔や口元の形まで治すとなると手術が適応になります。
相談の結果、外科手術を併用する方法を希望されました。 ただし、手術のために顎の成長が止まるまで待つ必要があることと、患者さん自身の学業の都合などあり、手術を高2の夏休みに行う予定で、術前矯正の治療開始は中3の春まで待つことになりました。 (手術及び治療の具体的内容は先月に紹介しましたが、マルチブラケットの装着期間をできるだけ短くするためにこうした配慮を行います。)
14才11か月
いよいよ治療開始です。以前の検査より1年7か月経過しました。下顎が更に成長し完全な下顎前突になっています。骨格性の下顎前突は身長の伸びとともに下顎の骨が発育するため、身長の伸びが止まるまで油断できないという顕著な症例です。あごの右ズレ具合も大きくなって来ていますが、顎関節自体には異常なく手術で充分フォローできる範囲です。
まず術前矯正としてマルチブラケットシステムを使って手術の前に歯並びのでこぼこやアーチの形を整えていきます。この時点では上下のあごの位置関係は改善させず、「手術後にかみ合わせられる歯列」を目標に上下別々に歯並びのみを治していきます。
15才11か月
手術の直前です。写真やレントゲンの他にも歯形を採って、手術後の固定に使用する咬みあわせのプレートを製作します。
16才0か月 岡山大学歯学部にて手術を行いました。 患者さんと病院側の都合に合わせて手術日の3~1日前までに入院します。手術は全身麻酔で行われますので、術中の意識はありません。
まずは骨に到達するために口の中の粘膜から切開します。骨の切断には症例により様々ですが、本症例では下図のような形で手術しました。 術後1週間、骨がある程度くっつくまでは、顎の位置がずれないようバイトプレートを咬んだ 状態で上下の歯で固定します。 この間は口は開きませんので食事は点滴、または奥歯の後ろにチューブを通しての流動食になります。 その後バイトプレートをはずし、口を開ける練習を始めていきます。2週間程度で顔の腫れも引き物が咬めるようになります。トータル約3週間程度で退院です。(手術の詳細は先月のトッピックスを参照ください。)
退院後改善された顎の位置でかみ合わせが安定するように、術後矯正として引き続きマルチブラケットで調整を行いました。
17才2か月 治療終了
咬み合わせはもちろんですが、口元の印象がずいぶん改善されています。マルチブラケットを撤去し、このまま歯列が安定するよう保定観察にはいりました。その後も、外国の大学に進学されたため、不定期ではありますが定期観察を行いました。
いかがでしたでしょうか?マルチブラケットの治療期間は入院期間込みで2年3か月程度です。手術をせず抜歯で矯正下場合の治療期間の予測は二年半前後ですので、若干治療は早く終わったように思います。 また、この症例では乳歯期からの治療でトータルではずいぶん長い治療期間に感じられたかもしれませんが、乳歯期の治療で改善した咬み合わせがそのまま安定していく子もたくさんいます。男女の差もありますし、遺伝的な性質もあります。しかしながら、この患者さんのように成長にともなって、あごが成長して大きくなっていく場合も少なくないので、下顎前突では経過の観察が重要です。身長の伸びがとまるころあごの成長も終了しますので、ご家族の問診などと合わせて経時的な記録を基に予測していきます。その上で、できるかぎり余分な成長を抑制し、良い方向へ成長をうながしながら、必要な段階で必要なだけ治療を行います。
治療データ詳細
主訴: 受け口 診断名:骨格性下顎前突 年齢:14y10m
治療装置:マルチブラケット装置 抜歯部位:下顎両側第三大臼歯
治療期間:2年3か月
治療費:矯正管理料として50万円(検査料・処置料・手術費用別途)
*顎変形症の保険適用以前の症例であるため全額自費にて治療
矯正歯科治療に伴う一般的なリスクや副作用について:
① 最初は矯正装置による不快感、痛み等があります。数日間~1、2 週間で慣れることが多いです。 ② 歯の動き方には個人差があります。そのため、予想された治療期間が延長する可能性があります。 ③ 装置の使用状況、顎間ゴムの使用状況、定期的な通院等、矯正治療には患者さんの協力が非常に重 要であり、それらが治療結果や治療期間に影響します。 ④ 治療中は、装置が付いているため歯が磨きにくくなります。むし歯や歯周病のリスクが高まります ので、丁寧に磨いたり、定期的なメンテナンスを受けたりすることが重要です。また、歯が動くと 隠れていたむし歯が見えるようになることもあります。 ⑤ 歯を動かすことにより歯根が吸収して短くなることがあります。また、歯ぐきがやせて下がること があります。 ⑥ ごくまれに歯が骨と癒着していて歯が動かないことがあります。 ⑦ ごくまれに歯を動かすことで神経が障害を受けて壊死することがあります。 ⑧ 治療途中に金属等のアレルギー症状が出ることがあります。 ⑨ 治療中に「顎関節で音が鳴る、あごが痛い、口が開けにくい」などの顎関節症状が出ることがあり ます。 ⑩ 様々な問題により、当初予定した治療計画を変更する可能性があります。 ⑪ 歯の形を修正したり、咬み合わせの微調整を行ったりする可能性があります。 ⑫ 矯正装置を誤飲する可能性があります。 ⑬ 装置を外す時に、エナメル質に微小な亀裂が入る可能性や、かぶせ物(補綴物)の一部が破損する 可能性があります。 ⑭ 装置が外れた後、保定装置を指示通り使用しないと後戻りが生じる可能性が高くなります。 ⑮ 装置が外れた後、現在の咬み合わせに合った状態のかぶせ物(補綴物)やむし歯の治療(修復物) などをやりなおす可能性があります。 ⑯ あごの成長発育によりかみ合わせや歯並びが変化する可能性があります。 ⑰ 治療後に親知らずが生えて、凸凹が生じる可能性があります。加齢や歯周病等により歯を支えてい る骨がやせるとかみ合わせや歯並びが変化することがあります。その場合、再治療等が必要になる ことがあります。 ⑱ 矯正歯科治療は、一度始めると元の状態に戻すことは難しくなります。