今月は歯や顎に悪影響をおよぼす癖についてのお話です。初診の方とお話をしていると、「うちの子の歯並びが悪いのはなぜですか?」といった質問をよく受けます。たいていの場合は先天的(生まれつきの)要素が大きな割合を占めており、直接のご両親からの遺伝だけでなく、遠い祖先の隔世遺伝の場合もあれば、まったくの突然変異的な、たまたまそうなったとしか言いようが無い場合もあります。
しかし、中には明らかに日常の習癖の影響を受けているなと見られる症例も少なくありません。姿勢の悪さによって骨格に歪みがでるように、歯並びも様々な影響を受けます。代表的な例では指しゃぶりや舌癖による開咬(前歯がかみ合わない咬合異常)があげられます。小学生に上がる頃にも指しゃぶりを続けていると、その頃に生え始める永久歯の前歯がきちんと伸びてこず止まってしまいます。このほかにも影響をおよぼす習癖はいろいろあります。以下にあげてみました。皆さんお心当たりはないでしょうか・・・?
開咬(前歯がかみ合わない咬合異常)治療詳細 巻末
咬み合わせの癖
歯ぎしり
ある種のストレス回避行動ですので必ずしも良くないというわけではないですが、歯が異常に磨り減っていたり、歯が揺すられてぐらぐらになったり根っこが露出してしまうほどの場合は問題です。顎関節症や知覚過敏の原因になることがあります。
くいしばり
無意識に歯を噛み締めてしまう癖。顎関節症や肩こりの原因になります。特に片側の歯だけをくいしばっている場合は下顎がそちら側にずれたり、咬み合わせがアンバランスになります。
TCH(歯牙接触癖)
何もしていないときでも上下の歯が接触している癖。意外に思われるかもしれませんが、リラックスて唇を閉じた状態では歯は噛みあっておらず、上と下の歯の間がわずかに開いているのが正常です。常に上下の歯が当たっているのは、筋肉の緊張が続いているということですので、くいしばり同様、顎関節症・開咬・筋膜痛などの原因になります。
片咬み
食事中、片方の歯でばかり噛む癖。下顎の位置がずれたり、成長期の場合は顎の骨の発育にゆがみがでたりします。
口周囲の癖
舌癖(ぜつへき) (舌突出癖(ぜつとっしゅつへき)・嚥下癖(えんげへき) 嚥下=物を飲み込むこと )
開咬の一番の原因です。舌突出癖とは何もしていないときでも常に上下の前歯の間に舌を出している状態です。通常は上顎の前歯の裏側の歯ぐきに舌の先が触れており、舌全体が上顎にぴったりくっついているのが正常です。
また、舌突出癖のある方の多くが、食物を飲み込むときに舌を前に押し出しながら飲み込む嚥下癖を併せ持っています。人は食事中だけでなく、無意識に一日中唾液を飲み込む動作をしています。そのたびに舌で前歯を押すことになりますので、開咬や出っ歯を引き起こしやすくなります。飲み込む瞬間に唇をめくってみて上下前歯の間に舌が見えれば嚥下癖があると思われます。
いずれも出しているといってもわずかなので、唇を閉じていると周囲の人もなかなか気付かず、本人もそれで普通だと思っているので、気付くのも治すのも難しい癖です。
指しゃぶり
永久歯の前歯が生え変わるころまで、指しゃぶりを続けていると、前歯が押さえられて開咬や出っ歯の原因になります。ただし、指しゃぶりがなかなかやめられないのには心因性の理由も考えられますので、充分なメンタルケアも必要です。
咬唇
主には下唇を上の前歯の内側に吸い込んで噛んでいる癖ですが、いろいろなバリエーションがあります。舌癖や指しゃぶり同様にひんぱんに歯に力が加わっていることで歯並びが悪くなります。
咬爪
程度によりますが、過度に強い力で頻繁に爪を咬んでいる場合、歯が揺さぶられて位置がずれてきたり、上記の咬み合わせの癖同様に顎の骨に影響が出るおそれがあります。
口呼吸
口呼吸で常に口が開いていると 内側からの舌の圧力により歯が外に傾斜してきて出っ歯や開咬になりやすくなります。
また、お口の中が乾燥しやすく、歯周病になりやすかったり、風邪を引きやすかったりと体全体にもよくありません。鼻の疾患や扁桃腺などの原因があれば併せてケアしましょう。
体全体の癖
頬杖
頻繁に頬杖をつくことにより、顎の骨、特に顎関節に障害がおこりやすくなります。顎の位置のズレは、片手でつく場合は左右に、両手の場合は前後にずれます。長年続いた場合には顎関節の骨が磨り減ったりゆがむ恐れがあります。
姿勢
姿勢が悪い人は背骨がゆがみやすく、背骨のゆがみにバランスを合わせるため咬み合わせも変わってきます。片咬みや片側でのくいしばりなどがある方は姿勢のバランスが原因の場合もあります。
猫背も口周りの筋肉がひっぱられるので口が開きっぱなしになっていたり、顎の位置もかわりやすくなります。
うつ伏せ寝
毎日必ず決まった姿勢でうつ伏せ寝しているというのは、よくありません。うつ伏せ寝の場合、顎や歯に頭の重さがかかって圧迫された状態になりますし、背骨もゆがんだ形になっています。途中で寝返りをうっていればよいですが、朝まで毎日同じ姿勢となると長時間の圧迫により、ゆがみが固定化されてしまいます。
以上、列挙してみると意外とたくさんありましたが、要は基本的に歯や骨は,同じ方向に頻繁に力がかかり続けると、動くということを覚えておいてください。これは弱い力であっても起こります。(そもそも、矯正治療自体が80~300g程度の弱い力で歯を動かしています。)
癖というのは自分では気づかないことも多いものです。また癖があれば必ず悪影響がでるわけでもありませんので、ご自分の体に異常や不具合が生じた場合に、一度 心当たりが無いかよく考えてみてください。
以下に症状と関連する習癖をまとめてみました。
症状とそれに関連する習癖
顎関節が痛い。顎が開きにくい、または閉じにくい。(顎関節症)
→歯ぎしり・くいしばり・TCH・片咬み・頬杖・姿勢・うつ伏せ寝咬爪
上顎前突
→指しゃぶり・咬唇・咬爪・口呼吸姿勢・TCH・頬杖
開咬
→舌癖(ぜつへき) ・指しゃぶり・咬唇・口呼吸・TCH
歯の中心が左右にずれている
→片咬み・頬杖・姿勢・TCH・うつ伏せ寝
一部の歯だけがぐらぐらする。歯列から出ている
→歯ぎしり・くいしばり・咬爪
また、いわゆる癖とは違いますが、食事の時に気をつけたいことがあります。特に外食時などに食事のメニューと一緒に飲み物を注文しがちですが、食事の最中に飲み物を飲みながらというのもあまりお勧めできません。よく咬まずに飲み物で流し込んでしまうので、咬む力が弱く歯並びが悪くなったり、唾液の分泌が減少し歯周病になりやすくなります。飲み物は食後に飲むようにするとよいでしょう。お口の中に残った食べかすがある程度洗い流せますし、お茶なら茶葉にフッ素成分がふくまれているので虫歯予防にもなり、より効果的です。
最後に冒頭の症例の治療詳細です。
前歯が咬み合わない咬み合わせ(開咬(かいこう))
奥歯をしっかり咬み合わせても、前歯が咬み合わない症例です。 開咬(かいこう)症例は舌や唇の 不良習癖が原因のことが多く、原因である癖が直らないと再発しやすいので、治療後の観察が重要です。全顎のMBS(マルチブラケット装置)で治療しました。
治療前 Before 治療後 After
主訴:開咬 診断名:開咬 年齢:25y9m
治療装置:マルチブラケット装置 抜歯部位:上顎両側第一小臼歯、下顎両側第二小臼歯
治療期間:1年10か月 治療費:矯正管理料として50万円(検査料・処置料別途)
矯正歯科治療に伴う一般的なリスクや副作用について:
① 最初は矯正装置による不快感、痛み等があります。数日間~1、2 週間で慣れることが多いです。 ② 歯の動き方には個人差があります。そのため、予想された治療期間が延長する可能性があります。 ③ 装置の使用状況、顎間ゴムの使用状況、定期的な通院等、矯正治療には患者さんの協力が非常に重 要であり、それらが治療結果や治療期間に影響します。 ④ 治療中は、装置が付いているため歯が磨きにくくなります。むし歯や歯周病のリスクが高まります ので、丁寧に磨いたり、定期的なメンテナンスを受けたりすることが重要です。また、歯が動くと 隠れていたむし歯が見えるようになることもあります。 ⑤ 歯を動かすことにより歯根が吸収して短くなることがあります。また、歯ぐきがやせて下がること があります。 ⑥ ごくまれに歯が骨と癒着していて歯が動かないことがあります。 ⑦ ごくまれに歯を動かすことで神経が障害を受けて壊死することがあります。 ⑧ 治療途中に金属等のアレルギー症状が出ることがあります。 ⑨ 治療中に「顎関節で音が鳴る、あごが痛い、口が開けにくい」などの顎関節症状が出ることがあり ます。 ⑩ 様々な問題により、当初予定した治療計画を変更する可能性があります。 ⑪ 歯の形を修正したり、咬み合わせの微調整を行ったりする可能性があります。 ⑫ 矯正装置を誤飲する可能性があります。 ⑬ 装置を外す時に、エナメル質に微小な亀裂が入る可能性や、かぶせ物(補綴物)の一部が破損する 可能性があります。 ⑭ 装置が外れた後、保定装置を指示通り使用しないと後戻りが生じる可能性が高くなります。 ⑮ 装置が外れた後、現在の咬み合わせに合った状態のかぶせ物(補綴物)やむし歯の治療(修復物) などをやりなおす可能性があります。 ⑯ あごの成長発育によりかみ合わせや歯並びが変化する可能性があります。 ⑰ 治療後に親知らずが生えて、凸凹が生じる可能性があります。加齢や歯周病等により歯を支えてい る骨がやせるとかみ合わせや歯並びが変化することがあります。その場合、再治療等が必要になる ことがあります。 ⑱ 矯正歯科治療は、一度始めると元の状態に戻すことは難しくなります。