ここ数回トピックスのコーナーでは治療例を取り上げてきましたが、今月はMBS(マルチ ブラケット システム)の中でも、歯の裏側(舌側)に装着するタイプの舌側矯正の症例のご紹介です。
そもそもMBSとは、これまでもご紹介してきましたように、「ブラケット」とよばれる矯正装置を各歯に接着し(ブレースと呼ばれることもあります)、これに矯正力をもったワイヤーを固定して歯を動かしていきます。ワイヤーは歯の並びに応じて来院ごとに外して調整したり、交換したりして、歯を動かしていきます。
基本的にはこの「ブラケット」は歯の表面(唇側)に装着しますが、昨今、出来るだけ「装置が目立たない」「審美性の良いものを」というニーズから、歯の裏側(舌側)に装着する「舌側矯正」を希望される方が増えています。
装置が歯の裏側につくので、「ほとんど矯正装置がついているのが分からない」というのは大きな魅力です。しかしながら、普及率でいうと未だ従来の唇側の矯正のほうが一般的なのには理由があります。
大きく分けると、舌が直接装置に当たったり、咬んだ時に歯に当たったりという患者さん側の不快感と、歯の裏側は形が複雑で技術的に難しいという治療する側の問題があります。
装置が舌や歯にあたるので…
しゃべりにくい・咬みにくい・痛くなりやすい
技術的に難しいので…
治療期間・処置時間が長くなりやすい・治療費が高くなる・治療できる医院が少ない
… etc
ちなみに、虫歯のリスクついては、裏側なので歯磨きが難しいものの、歯の裏側の方が唾液や舌による自浄作用が強いので、プラスマイナスとんとんな印象があります。しかし歯茎が腫れたり炎症を起こすリスクはありますので、やはり注意が必要です。
そういったわけで、「装置が目立たない」という絶対的な大きなメリットがある舌側矯正ですが、メリットばかりに目を向けず、よくよく検討のうえで選んでください。
以下は上顎前突と叢生の抜歯と非抜歯の症例です。参考になれば幸いです。
<症例1 19歳 女子 上顎前突症例の舌側矯正による抜歯治療例>
<症例2 16歳 女子 上顎叢生症例の舌側矯正による治療例>
<症例1 19歳 女子 上顎前突症例の舌側矯正による抜歯治療例>
19歳6ヶ月
初診 相談
上顎の前突と下顎の叢生(凸凹)を主訴に来院。
視診にて分かる範囲で現状の説明と治療の流れ、期間費用等の説明。
顎に対して歯が大きいため、前歯を配列し前突感を解消するためには、おそらく抜歯が必要になる可能性が高い事を説明し、実際に治療を希望される場合、まずは検査が必要になるので、その旨考えてきてもらう。
同月別日
検査
現状を精査・分析するため検査を行う。(X線・写真・歯型など)
検査後2週間かけて模型等資料の製作及びX線像の計測分析などを行い、治療計画を作成する。
19歳7ヶ月
診断
本人及び保護者に治療方針等説明。
治療期間2年半~3年、上顎の左右第一小臼歯と下顎の左右第二小臼歯の抜歯にて、上顎舌側・下顎唇側のMBS(マルチ ブラケット システム)による治療。
保定期間3年
19歳8ヶ月
上顎大臼歯に一部装置を装着し、患者のかかりつけの歯科に上顎の左右第一小臼歯と下顎の左右第二小臼歯の抜歯を依頼する。
20歳0ヶ月
抜歯完了につき上顎より順次MBS装着。
20歳5ヶ月 上下MBS装着から4ヶ月
上下抜歯スペースを閉鎖しつつ、上顎前歯後方けん引中。
21歳2ヶ月 治療終了 上下MBS装着から13ヶ月
予定よりかなり早いが良好な咬合となったため、治療終了とし、すべての装置を撤去し、今後は歯並びを安定させる為の保定として前歯の内側に極細ワイヤーを直留めして(フィックスドリテーナー)、前歯の凸凹が戻らないようにし、取り外し式の保定装置で歯列全体のアーチを維持しながら、3ヶ月に一度のペースで定期健診を続けていく。
<保定装置>上顎OH型ワイヤーリテーナー 下顎SHR
*治療終了直後は食事中以外一日中装着し、徐々に使用時間を減らして安定させていく。
治療データ詳細 巻末
<症例2 16歳 女子 上顎前突症例の舌側矯正による治療例>
16歳3ヶ月
初診 相談
上下顎の叢生(凸凹)を主訴に来院。
視診にて分かる範囲で現状の説明と治療の流れ、期間費用等の説明。
叢生(凸凹)は大きいが、ギリギリ抜歯せずに治療できる可能性があるが、確実になことは検査をしないと断言できない事を説明し、実際に治療を希望される場合、まずは検査が必要になるので、その旨考えてきてもらう。
同月別日
検査
現状を精査・分析するため検査を行う(X線・写真・歯型など)
検査後2週間かけて模型等資料の製作及びX線像の計測分析などを行い、治療計画を作成する。
16歳4ヶ月
診断
本人及び保護者に治療方針等説明。
治療期間2年半~3年、QHによる上顎拡大と上顎舌側・下顎唇側のMBS(マルチ ブラケット システム)による治療。
保定期間3年
QH(クアッド ヘリックス)
16歳5ヶ月
顎に対して歯が大きいため、まずQH(クアッド ヘリックス)にて上顎の側方拡大を行う。
並行して下顎にMBSを装着し、UAにて下顎前歯を前方に拡大。
16歳8ヶ月
上顎が充分に拡大出来たので、QH撤去。上顎舌側にMBS装着。
16歳9ヶ月
上顎 叢生改善、下顎 引き続きUAにて下顎前歯を前方に拡大中。
16歳10ヶ月
下顎UA撤去。引き続き叢生改善。
この後、叢生改善後上下顎の前後左右のずれをMEAWにて改善。
17歳10ヶ月 治療終了 治療開始から1年5ヶ月
良好な咬合となったため、治療終了とし、すべての装置を撤去し、今後は歯並びを安定させる為の保定として前歯の内側に極細ワイヤーを直留めして(フィックスドリテーナー)、前歯の凸凹が戻らないようにし、取り外し式の保定装置で歯列全体のアーチを維持しながら、3ヶ月に一度のペースで定期健診を続けていく
<保定装置>上顎OH型ワイヤーリテーナー 下顎SHR
*治療終了直後は食事中以外一日中装着し、徐々に使用時間を減らして安定させていく
21歳0ヶ月 治療終了から3年2ケ月
順調に安定している様子が見られるので、ワイヤーリテーナーを夜間のみ使用継続・SHRの使用中止
フィックスドリテーナーは継続
22歳7ヶ月
同上治療終了時より、更にしっかりと安定した咬み合わせになっている。
29歳2ヶ月
歯のホワイトニングを希望。上顎のみホワイトニング終了したところ。
治療データ詳細
<症例1>
主訴:出っ歯 診断名:上顎前突 年齢:19y5m
治療装置:マルチブラケット装置(上顎:リンガルブラケット) 抜歯部位:上顎両側第一小臼歯 下顎第二小臼歯
治療期間:1年6か月 治療費:矯正管理料として75万円(検査料・処置料別途)
矯正歯科治療に伴う一般的なリスクや副作用について:症例2と同
<症例2>
主訴:乱ぐい歯 診断名:叢生 年齢:16y3m
治療装置:マルチブラケット装置(上顎:リンガルブラケット) 抜歯部位:非抜歯
治療期間:1年5か月 治療費:矯正管理料として60万円(検査料・処置料別途)
矯正歯科治療に伴う一般的なリスクや副作用について:
① 最初は矯正装置による不快感、痛み等があります。数日間~1、2 週間で慣れることが多いです。 ② 歯の動き方には個人差があります。そのため、予想された治療期間が延長する可能性があります。 ③ 装置の使用状況、顎間ゴムの使用状況、定期的な通院等、矯正治療には患者さんの協力が非常に重 要であり、それらが治療結果や治療期間に影響します。 ④ 治療中は、装置が付いているため歯が磨きにくくなります。むし歯や歯周病のリスクが高まります ので、丁寧に磨いたり、定期的なメンテナンスを受けたりすることが重要です。また、歯が動くと 隠れていたむし歯が見えるようになることもあります。 ⑤ 歯を動かすことにより歯根が吸収して短くなることがあります。また、歯ぐきがやせて下がること があります。 ⑥ ごくまれに歯が骨と癒着していて歯が動かないことがあります。 ⑦ ごくまれに歯を動かすことで神経が障害を受けて壊死することがあります。 ⑧ 治療途中に金属等のアレルギー症状が出ることがあります。 ⑨ 治療中に「顎関節で音が鳴る、あごが痛い、口が開けにくい」などの顎関節症状が出ることがあり ます。 ⑩ 様々な問題により、当初予定した治療計画を変更する可能性があります。 ⑪ 歯の形を修正したり、咬み合わせの微調整を行ったりする可能性があります。 ⑫ 矯正装置を誤飲する可能性があります。 ⑬ 装置を外す時に、エナメル質に微小な亀裂が入る可能性や、かぶせ物(補綴物)の一部が破損する 可能性があります。 ⑭ 装置が外れた後、保定装置を指示通り使用しないと後戻りが生じる可能性が高くなります。 ⑮ 装置が外れた後、現在の咬み合わせに合った状態のかぶせ物(補綴物)やむし歯の治療(修復物) などをやりなおす可能性があります。 ⑯ あごの成長発育によりかみ合わせや歯並びが変化する可能性があります。 ⑰ 治療後に親知らずが生えて、凸凹が生じる可能性があります。加齢や歯周病等により歯を支えてい る骨がやせるとかみ合わせや歯並びが変化することがあります。その場合、再治療等が必要になる ことがあります。 ⑱ 矯正歯科治療は、一度始めると元の状態に戻すことは難しくなります。