さて、前回は知覚過敏の治療についてお話しましたが、今月はひきつづきまして、実際に使用する歯科材料のおはなしです。
専門的な材料のお話なんて聞いても良くわからないと思われるかもしれませんが、素材の特性を知ることで、その効果をより引き出すことができます。
前回お話ししたように、知覚過敏の処置材には色々な種類がありますが、歯科で主に使用するのは「歯の神経に刺激が伝わらないように歯面をガードする」タイプのものです。この中でも大別すると、歯の内部に浸透させて歯質自体を強化してガードするものと、歯の表面に膜を作ってガードするタイプがあります。
歯の質を強化するというと、最もよく知られているのが「フッ素」です。
歯の表面の結晶構造はカルシウムやフッ素などの無機質が沈着して硬さを保っています(石灰化)。カルシウムが沈着して出来た結晶構造がハイドロキシアパタイト、フッ素が沈着して出来た結晶構造をフルオロアパタイトといい、フルオロアパタイトの方が酸に対して、より溶けにくい性質を持っています。
また、こういった無機質の成分は唾液や飲食物から供給されるのですが、逆にこの唾液や飲食物の酸性度が強いと、歯の表面から無機質が溶け出してしまいます(脱灰)。お口の中では常にこの脱灰と再石灰化を繰り返しており、酸性の強い飲食物を頻繫にとりすぎたり、虫歯菌が多いと虫歯菌の作り出す酸で、このバランスが崩れて脱灰が過剰になり、虫歯だけでなく、知覚過敏の要因の一つになります。
つまり積極的に歯の表面からフッ素などの無機質を取り込ませることが、虫歯や知覚過敏の予防になります。では、どのようにフッ素を取り込むかというと、以下の3つのパターンがあります。
- 唾液から取り込む
- 飲食物から取り込む
- フッ素の製剤から取り込む
この中で意外と重要なのが①の唾液です。
もちろん、高濃度のフッ素製剤を一時的に取り込ませることも重要かつ効果的ではありますが、日々の生活でもっとも長時間、歯に触れているのが唾液です。というか、歯は常に唾液の中に浸かっている状態なので、唾液の影響は非常に大きいです。
唾液の分泌は一日に健康な成人で1~1.5Lと言われていますが、その成分や分泌量は常に一定ではありません。量としては体調によっても変化しますが基本的に加齢と共に減少しますので、年とともに知覚過敏をリスクは増します。
また成分としては、基本的に飲食物が体内に取り込まれて唾液として分泌されるので、間接的に飲食物の影響も受けているといえます。
では②の飲食物ですが、フッ素を含む飲食物で最も有名なのはお茶で、緑茶・紅茶・ウーロン茶など、ツバキ科の植物である「チャノキ」から作られる茶にはフッ素が豊富に含まれており、「日本 人のお茶からの平均的フッ素摂取量は0.48~0.97mg/日 と計算され,1日 の食品よりのフッ素摂取の主 要な部分を占めるものと考えられる。」という研究報告があります。昔から日本人が食後にお茶を飲むのはすこぶる理にかなった習慣であり、お茶を飲むことで、お口の中に残った食べかすを洗い流す作用と、最後に飲んだお茶が歯の表面に停滞することでフッ素成分が歯に浸透して歯質を強化してくれるというダブル作用があるのです。
この他にも飲料水にフッ素成分が含まれていることもあり、土地柄によってはフッ素の他にも様々なミネラルを含んだ水質の地域があります。以前、新見市の歯科の友人から聞いた話ですが、新見市あたりは石灰質な地質だそうで、患者さんの歯が治療の際に削りにくいくらい硬いそうです。
日本ではかつて一部の地域でフッ素の過剰摂取による斑状歯(以下、参照)が発生した事例があり、水道水のフッ素はややネガティブな印象が根強いようですが、この事例の際のフッ素濃度は2.7ppmで、現在の日本での水道水の水質基準では、フッ素及びその化合物は1リットルあたり0.8mg(0.8ppm)以下とされているそうなのでまず問題はありません。欧米では虫歯予防の為に水道水に人為的にフッ素を添加している地域もあります(1ppm)。適度なフッ素の摂取は歯質の強化に有効なのです。
ただし、すべての薬にいえることですが「過ぎたるは猶及ばざるが如し」で、フッ素の過剰摂取は斑状歯や骨硬化症、急性中毒などを起こしますので、個人で井戸水や湧水を飲料水とする場合は水質検査で確認しましょう。(フッ化物摂取量上限目安は9歳までは0.1mg F/kg。・日。体重20㎏なら1日に2.0mg 。10歳以降は一律1日に6.0mgのとされています。)また、フッ化物配合歯磨剤の飲み込み、フッ化物濃度の高い食品の摂取といった、その他のフッ化物の摂取経路が重なると、フッ化物の摂取量は上限量を超える可能性はゼロではありません。例えば、小さいお子さんで、歯磨き粉の飲み込み癖があったり、上手くうがいできずフッ素入りの歯磨き粉やうがい薬を飲み込んでしまっているような場合は注意が必要です。歯磨き粉はフッ素濃度の低いものか使用量を減らした方が良いでしょう。
斑状歯 |
飲料水に含まれるフッ素や、歯磨き粉の飲み込みなどによるフッ化物の過剰摂取により、歯に褐色の斑点や染みができる症状を指す。中等度の症例では、エナメル質にいくつかの白い点や小さな孔が生じる。より重症だと、茶色い染みが生じる。その結果、歯の見栄えが悪くなる。
6ヶ月から5歳くらいまでの歯胚の発生期にフッ化物を長期間過剰摂取すると生じる。通常永久歯に発生し、ときおり乳歯にも発生する。萌出後にはフッ素を多く摂取しても斑状歯は発生しない。 |
さて、少し脱線した感がありますが、フッ素の歯磨き粉の話がでたところで、話を知覚過敏に戻しましょう。
知覚過敏を予防するために、フッ素の摂取が有効という話ですが、唾液や飲食物の摂取で足りない場合に頼りになるのが③のフッ素の製剤です。
個人でデイリーケアとして使用できるのは歯磨き粉とうがい薬ですが、知覚過敏の場合はフッ素濃度が高く研磨剤の少ない知覚過敏用のものを選びましょう。(現在市販されている歯磨き粉の最高フッ素濃度は1450ppmで、これは1回の使用量を1~2㎝とした場合、約1gでフッ素量としては1.45mg。1日3回で4.35mgになりますので、小さいお子さんとの共用は避けた方が安全でしょう。うがい薬も飲み込ませないよう注意しましょう。)
知覚過敏用の歯磨き粉は様々種類が発売されていますが、基本的に知覚過敏の抑制成分として配合されている硝酸カリウムとフッ素はどれでも同じですので、補助成分のホワイトニングや歯周病予防などの好みのものを選べば良いでしょう。
その他にも歯科医院で塗布するペースト状の薬剤など色々ありますが、当院で愛用する薬剤でちょっとユニークな特性の材料がありますので、ご紹介いてみたいと思います。
3M社の知覚過敏抑制材料『クリンプロXTバーニッシュ』、知覚過敏の抑制剤ですが、虫歯の予防にも使える優れものです。
ペースト状の薬剤で専用の機械で光をあてると固まるタイプの材料です。
皆さんも歯科で、ピストルのような形やノズルのような形の光照射機を口に入れられて、青い光と共に「ピー」という音が鳴って・・・、という経験がおありではないでしょうか。
非常にスピーディに処置ができるというメリットがありますので、このタイプの材料は歯科ではとてもよく使われ、用途によって様々な種類があります。
このなかで、このクリンプロという素材はとても面白い特性があります。
特徴1:数ヶ月で磨耗・剥落してなくなる。
クリンプロは比較的サラッとしたタイプで、容器を押すと二種類のペーストが一定の割合で出てきますので、練り合わせて歯面に塗布し、光を当てて固めます。
歯の表面をクリンプロで覆うことで、刺激から歯をガードし知覚過敏の痛みを抑えてくれます。
しかし、「せっかくガードしたのに無くなったらまた知覚過敏がでてしまうではないか!」とお思いでしょうが、この「数ヶ月」というのが肝心で、この期間にクリンプロはものすごくがんばってくれるのです。
特徴2:フッ素徐放性
クリンプロはその素材の中にフッ素を含んでいます。
先月お話しましたが、知覚過敏はなんらかの原因で歯のエナメル質が薄くなったり、象牙質がむき出しになったりして、外からの刺激が伝わりやすくなり歯の神経が過敏になって痛みを発します。
痛みの伝達を抑えるためには歯にフッ素を沈着させて歯質を強化してやるのが、長期的に見てもっと良い方法です(2月 知覚過敏を治そう!)
クリンプロはそれ自体が持っているフッ素、その他カルシウム・リン(これらも歯質を強化します)を徐々に放出し周囲の歯質を強化してくれます。(メーカーの情報では塗布部分の周囲2mmの範囲まで脱灰を抑制する効果を持つとのことです。)
このフッ素を徐々に放出する性質(フッ素徐放性)自体はほかの材料でも、虫歯の予防に使われるシーラント剤などによくみられるのですが、クリンプロの特性はそれだけではありません。
特徴3:フッ素のリチャージ機能
クリンプロはフッ素を放出するだけでなく、フッ素をリチャージする能力を持っています。
フッ素を放出するだけですと、持っているフッ素がなくなったら終わりですが、クリンプロはフッ素入りの歯磨き粉や飲食物に含まれるフッ素を取り込んで、放出し続けます。
ですので、クリンプロを使用した患者さんにお願いしたいのは、クリンプロががんばっている間に、積極的にフッ素を摂取してほしいということです。
フッ素入りの歯磨き粉でもいいですし(知覚過敏用の歯磨き粉には大抵フッ素が含まれています)、より効果が高いのはフッ素のうがい薬、また簡単なところでは、お茶にもフッ素は含まれています。(葉っぱのお茶なら紅茶でも緑茶でもウーロン茶でも可。ただし麦茶など、葉っぱでないものやビワ茶など椿科以外の特殊な葉のものは不可)
さて、ここで話は戻りますが、「だったら、やっぱり数ヶ月しかもたないのはどうよ?」と思われる方もおられるでしょうが、これこそがクリンプロのもっとも素晴らしい点だと思うのです。
先月知覚過敏の痛みを抑える治療のくだりで、プラスチックで歯面をがっちり覆うことのデメリットを書きました。(4.なぜ、最初から効果の高い処置をしないのか?)
クリンプロも充填用のプラスチックほどではありませんが、刺激を遮断するためにそれなりの厚みがあります。また知覚過敏の部位は触ると痛い場合が多いので、細かい作業が難しく多少歯ぐき側にはみ出す形になることもあります。歯ぐきにはみ出した部分には歯垢が貯まりやすく歯周病リスクが高くなります。(ですので、クリンプロを使用した患者さんにもうひとつのお願いは、その周囲を丁寧に磨くことです。クリンプロで虫歯の予防は出来ても歯周病は防ぐことはできません!)
だからこそ、クリンプロでガードしている間に、知覚過敏の原因(磨き癖や酸蝕など)を改善し、過敏になった神経の安静を保ち、フッ素で歯質を強化した後、数ヶ月の役目を終えたクリンプロは自然になくなっていくのです。
あくまで、できるかぎり天然の歯を尊重してこそ、からだに優しい治療ではないでしょうか?